大道寺将司死刑囚が病死 企業爆破事件で死刑確定
1974〜75年に起きた三菱重工など一連の企業爆破事件で殺人罪などに問われ、87年に死刑が確定した「東アジア反日武装戦線」の大道寺将司死刑囚(68)が24日午前11時39分、多発性骨髄腫のため東京拘置所で死亡した。法務省が同日発表した。第5次再審請求中だった。
確定判決によると、大道寺死刑囚は益永利明死刑囚(68)らと共謀し74年8月30日、東京都千代田区の三菱重工ビルを爆破し死者8人、重軽傷者165人を出したほか、74〜75年にアジア進出企業などに対する爆破事件を起こした。
また74年8月、天皇特別列車を爆破するため東京都北区の鉄橋に手製爆弾を装着しようとするなどした。
公判では三菱重工事件について「殺意はなかった」と主張したが、一、二審で死刑判決を受けた。最高裁が87年3月に上告を棄却し、確定した。
一連の企業爆破事件を巡っては、日本赤軍が海外で人質を取り、大道寺死刑囚らの共犯とされた3人の釈放を政府に要求。
このうち、佐々木規夫容疑者(68)と大道寺あや子容疑者(68)は国際手配が続いている。
浴田由紀子氏(66)は95年にルーマニアで身柄拘束され、帰国後に懲役20年の判決が確定。今年3月、刑期満了で釈放された。
確定判決によると、大道寺死刑囚は益永利明死刑囚(68)らと共謀し74年8月30日、東京都千代田区の三菱重工ビルを爆破し死者8人、重軽傷者165人を出したほか、74〜75年にアジア進出企業などに対する爆破事件を起こした。
また74年8月、天皇特別列車を爆破するため東京都北区の鉄橋に手製爆弾を装着しようとするなどした。
公判では三菱重工事件について「殺意はなかった」と主張したが、一、二審で死刑判決を受けた。最高裁が87年3月に上告を棄却し、確定した。
一連の企業爆破事件を巡っては、日本赤軍が海外で人質を取り、大道寺死刑囚らの共犯とされた3人の釈放を政府に要求。
このうち、佐々木規夫容疑者(68)と大道寺あや子容疑者(68)は国際手配が続いている。
浴田由紀子氏(66)は95年にルーマニアで身柄拘束され、帰国後に懲役20年の判決が確定。今年3月、刑期満了で釈放された。