プロレスラー西村修さん死去 53歳 昨年4月に食道がんと診断、闘病生活続けるも
プロレスラーで東京・文京区議会議員の西村修(にしむら・おさむ)さんが28日、死去した。53歳だった。昨年4月に食道がんと診断され、闘病生活を続けていた。
1990年に新日本プロレスに入門。91年4月にプロデビューした。93年に米国へ武者修行し、翌年に新日本から帰国命令を拒否し米国や英国などを転戦。95年に帰国し藤波辰爾の自主興行の「無我」に参戦した。その後は新日本のマットで活躍。黒のパンツ姿でグラウンドでの間接技などを得意とし、マイクアピールでは独特の哲学と言い回しで「西村ワールド」とも言われていた。2006年に新日本を退団し、フリーで活躍。その後、藤波辰爾ら元新日本の選手らとともに原点回帰をテーマにした「無我ワールド・プロレスリング」を設立した。
07年には武藤敬司がトップだった全日本プロレスに入団し、10年に政治家を目指し退団。11年には文京区の区議会選挙に出馬し当選した。区議会を優先しながらフリーとしてプロレスにも参戦していた。24年に入り体調不良が続き、4月に食道がんと分かった。がんが左側上半身全体に転移しており、ステージ4と診断された。
8月24日にはがんを押して、川崎市内で行われた「大仁田厚デビュー50周年記念大会」でドリー・ファンク・ジュニアと組んで電流爆破戦で奮闘した。